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ねぎとろ丼

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熱愛ミラクレーション 前編


   『熱愛ミラクレーション』

   【早苗】 一

 私はある女性に一目惚れした。
 私の名前は東風谷早苗。
 お仕えさせて頂いている八坂神奈子様の信仰が危ぶまれたため、神奈子様のご意向で幻想郷に移り住んで来た者である。
 当然スペルカードというものには馴染んでおらず、弾幕ごっこというものの要領が掴めずに居た。
 それでも自分ではそれなりに修行を積んできたつもりで、妖怪の一匹や二匹なら退治できると思っていた。
 幻想郷へ来て二週間。幻想郷に元からあった神社との揉め事や元々ここにおわした神様達とのどうやっていくかの話し合いが落ち着き始めた頃。
 私は神奈子様にお願いし、探検気分を味わおうと一人で幻想郷をブラブラしに外へ出てみたのだ。
 別にそれまで外に出ていなかったわけではないが、今までは神奈子様と一緒のお出かけばかりだった。
 自分一人だけで見る幻想郷の景色はいつもとは違って、新鮮に見えた。
 まだまだここに来て慣れていないことばかりだから余計にそう感じたのかもしれない。
 里の方でも見にいこうか、それとも湖の隣に見える大きな洋館を訪ねてみようか。
 そう迷いながら山を降りたときのことである。私は複数の妖怪に絡まれたのだ。
「こいつ巫女服着てるよ。強いのかな?」
「でも私ら見てビビってるよ」
「人間なのかー?」
「な、何なんですかあなた達! た、た、倒しますよ!」
 霊夢さんや魔理沙さんとも弾幕ごっこしたことあるのだ。私はその絡まれた瞬間だけ自信があった。
 でも四人に囲まれていると気付いた直後、私は自信を失っていた。
 四方から弾幕を浴びせられた。同士討ちも起こっていたが、やはり一番被弾してしまったのは私で、相当なダメージを負わされてしまったのだ。
「チルノちゃんもうちょっと真っ直ぐに飛ばしてよ! ばら撒いたら私らにも当たるに決まってるじゃない!」
「そ、そういうリグルも一杯ばら撒いたじゃん!」
「……」
「そんなことより、この巫女どうする? 皆でつまんじゃう?」
 金髪の少女が口の両端を吊り上げて私に近づいてきた。私を食べる気なんだ。
 必死に体を動かした。体を起こし、その場から逃げようともした。
 でも満身創痍の私では逃げ切ることが出来ず、あっという間に掴まってしまった。
「なんだ、巫女のくせに弱っちいね」
「私お腹空いてきちゃったよ」
「あたいは人間食べるとか興味ないし、あっち行ってるよ」
「チルノちゃんも味見してみればいいのに」
 物騒なことを気軽に言ってくれる。こっちとしては殺されるかもしれない瀬戸際なのに。
 神奈子様が傍に居てくれたら、きっと助けてくれるだろう。でも今日は神奈子様は居ない。
 諏訪子様だっていない。今日は二柱とも麓の方の、穣子様と静葉様の所へ遊びに行かれたのだ。
 私の危機を察してくださってくれれば良いが、そんな上手い話になるだろうか。
 触覚の生えた少女が私の二の腕を掴んだ。痛い。私より背低いのに、万力みたいな握力している。
 死にたくない。こんなところで死ねない。でもどうしていいかわからない。
 手に握り締めていた御幣を振って苦し紛れの反撃を試みるも、妖怪を引き剥がすことは敵わなかった。
 ごめんなさい神奈子様、早苗はここで終わってしまいます。
 これからお役に立てなくなります。申し訳ありませんでした。
 女の子の口がパックリ開いた。口が怖い。掴まれていた腕は青白く変色している。
 そのときだ。目の前の少女にナイフが刺さった。
「そこをどいて頂戴。人間以外が固まって邪魔なのよ」
 妖怪は怯み、手を放してくれる。声は後ろから聞こえていた。振り向けば、メイド姿の女性が立っているのが見える。
「私はお嬢様に頼まれたお使いを片付けたいだけなの。時間を取らせないで頂戴」
「こいつ知ってる! メイド人間だ!」
「巫女肉と~メイド肉の~焼肉定食~♪」
「メイドって人間とは違うの?」
「私はただのメイド長ですわ」
 一瞬メイド服姿の女性が消えた、かの様に見えた。かと思うと次の瞬間には妖怪達にナイフが何十本も突き刺さっていた。
「痛いよー!」
「この人強すぎる! 逃げよう!」
「巫女肉は~?」
「それどころじゃないわよ!」
「あれ? 皆どうしたの! あたいを置いてかないで!」
 たちまち妖怪達は逃げ去った。メイドの女性は汗一つかかず、何事も無かったかの様に通り過ぎようとしていた。
「あの!」
「うん?」
 彼女が振り向く。その動作一つに胸を締め付けられた感覚に襲われ、私は息が出来なくなった。
「何か?」
 そう言った彼女がとても眩しく見えた。美しい。綺麗すぎる。私はたちまち彼女に魅了されてしまっていた。
「あ、ありがとうございます! 私、東風谷早苗って言います! よろしかったら名前を……」
「十六夜咲夜。湖の隣の、紅魔館という洋館でメイド長をしているの」
「えっ! あの、大きな建物の……」
「それじゃあ、失礼するわね」
「あ、あの! 今度そちらへお邪魔しても良いですか! お礼をさせてください!」
「いらない」
「えっ! で、でも……私の命を助けてくださって……」
「いらないって」
 断られたが、私は彼女に無理をしてでもお礼しに行くべきだと何故か心の中で決めていた。
 いっそ今からお邪魔しに行きたいぐらいなのだが、今はまともに体を動かせそうもない。
「今度改めてお礼させて頂きますから! 十六夜さん、本当にありがとうございました!」
「……」
 了承してくれたのか、そうじゃないのか。後者にも感じたが、私にとっては命の恩人以外何ものでもない。
 お礼しないと気がすまない。
 彼女の後ろ姿に見惚れてしまい、そのとき私は一目惚れしたのだと気付いた。

 その後私は神社に戻り、神奈子様と諏訪子様が戻ってこられるのを待った。
 帰って来られた二柱は随分と酒に酔われていたのだが、包帯だらけの私を見て血相を変えられた。
「何があったんだい、早苗!」
 息はお酒臭かったが、その慌てた表情から酔いが冷めたのがわかった。
「早苗、今すぐ病院行こう! 妖怪の医者捕まえて連れてくるよ!」
 諏訪子様が慌てて飛び出そうとされた。もう行きましたよと叫んでようやく諏訪子様が止まった。
「本当に? どこか痛むとかないの?」
「いえ、本当にもう大丈夫ですって」
「早苗、あんたを襲った妖怪の特徴は? 絶対に見つけて殺してやるわ!」
「そんなこより聞いてくださいよ!」
「そんなこと? 私はその妖怪が許せないのよ?」
「あ! の! 私、すごく綺麗な人に助けられたんですよ!」
「え?」
「もう本当に綺麗な人でした! こう、ナイフをザザザザッって敵に投げつけてあっという間にやっつけてくれたんです!」
「ほぉ?」
「無茶苦茶格好良かったです! 今度お礼しに行くんです!」
「是非とも行っておいで。それで、どこに行くんだい?」
「湖の隣の洋館です」
 そう答えた瞬間、神奈子様の表情が暗くなった。
 諏訪子様はそういったこともないようだが、神奈子様には何かひっかかることがあるのかもしれない。
「あそこは悪魔が居るって話だよ」
「あそこでメイド長やっているって言ってました。メイド長かぁ……格好良いなぁ」
「そんなところに行くなんて、危ないわ!」
「まあまあ神奈子、早苗を助けてもらったんだし。そう目くじら立てなくても」
「……」
 神奈子様はどこか不満げであったが、お礼はしに行ってきなさいと仰った。
 お菓子の詰め合わせでも持っていくべきだろうか。
 お礼しにいくことも大事だと思っているが、あの方にもう一度会いたいという気持ちも強い。
 こんな不思議だらけの世界に踏み込み、愚かにも妖怪達に襲われた私を救ってくれたメイド服姿の救世主。
 布団に入って目を瞑れば、彼女の後ろ姿がはっきりと見えてきた。あの人の声をもっと聞きたい。
 頭の中はもうあの人で一杯だった。十六夜咲夜さん。彼女は一体、どういう人なのだろうか。

   ※ ※ ※

 一週間後。怪我も完治したので神奈子様と諏訪子様に断って神社を出た。
 今度はもう大丈夫。妖怪に絡まれても全力で逃げることにするから。
 事実この前見かけた、触覚の生えた妖怪に発見されてしまったが全速力で飛んで敵を撒くことに成功した。
 結局お菓子は持たずに来てしまった。
 というのも、私は外のお金しか持っておらず、この幻想郷で流通しているお金を持っていないからだ。

 紅魔館。
 高い塀に囲まれている。私みたいな飛べる者にはどうってことないが、それでも地面に立って見てみれば立派なものだと頷いてしまう。
 いかにもラスボスの居城、という感じ。夜に見ればもっと雰囲気が出るのだろう。
 正面の門が見えてきた。欠伸をしている女の人が居る。門番だろう。でも人じゃない。妖怪の気配がする。
「こんにちは」
「あら、こんにちは。お客さん? 招待状はお持ちですか?」
 中華っぽい服装で帽子を被っている。背が高い。あの人みたいに。
 だがあの人とは違って、肩幅が広い。気のせいか、筋肉がけっこうあるように見える。
「見ての通り紅魔館は誰でも入れるってわけじゃないんですよぉ。だからお嬢様直筆の招待状のない者は通せないんですよぉ」
「え……で、でも私、この前十六夜さんに助けて頂いて、そのお礼をしに来たんですよ! あの人に会わせてください!」
「無理無理。どうしてもって言うのなら、私を倒すのね」
 門番さんの目に殺意が込められた。何かしらの拳法の構えを取った。
 すごい筋肉の盛り上がりだ。あんなのに殴られたら死んでしまいそう。
 それでまたこの前みたいにやられて、死にそうになって。
 もしそうなったら、またあの人が助けに来てくれるのだろうか?
「美鈴」
「あ、丁度良いところに。咲夜さんに会いたいとか言ってる巫女臭いのが居るんだけど」
 あの人が玄関から出てきた。いつ見ても綺麗な人だ。心からそう思う。
「知らない、そんな人」
 あの人は私のことを見ようともせず、家の中に入ってしまった。
「あ、そうなの? じゃあこいつ嘘ついて侵入するつもりだったのね! 悪い奴!」
「そんな!」
 次の瞬間、私は地面に倒れていた。頭がフラフラする。足が笑って立てない。どうやら門番さんに殴られてしまったらしい。
 でもここで引き下がるわけにはいかない。
 十六夜さんが家の中に入ってしまったのはきっと今忙しくて手が放せないとか、何か理由があるに違いない。
 あの人はそんな悪い人じゃない。色々考えているうちに私は意識を失った。

 気がついたときには夜になっていた。門の前で倒れている。
 体を起こしてみれば門は閉まっていた。門番さんも居ない。
 私はどうしてもあの人にお礼をしたいのに。あの人に会いたいのに。
「すみませーん! 私は十六夜さんにお礼がしたくて来た者なんです! お願いします、会わせてください!」
 必死に門を揺らし、大声で叫んだ。何度も、何度も。
 それでも彼女は出てくれなかった。

   ※ ※ ※

 あれから一週間。私は毎日紅魔館へ行って「十六夜さんに会って、直接お礼がしたいんです!」とお願いしに行った。
 その度に門番に殴られ、蹴られた。毎日そうなってくるとさすがに体の節々が痛んできた。
 神奈子様がもう二度と行くなと仰ったが、それでも私は行くのを辞めなかった。
 今日も紅魔館へ来た。あの人に会うためだ。私は絶対に折れない。あの人がその気になってくれるまで、私は何度でも紅魔館を尋ねにいく。
 するとどうだろう、今日行ってみると門番の紅さんの隣に十六夜さんが居たのだった。今日も彼女は美しかった。
「十六夜さん!」
「……入って」
「良いんですか! お邪魔します!」
「咲夜さん、本当に通しちゃって良いの? 後でお嬢様に何か言われるのは私なのに……」
「良いから。責任は私が取る」
 門番さんをスルーして、紅魔館の中へ初めて入れてもらえた。
 今まで中に入れてもらえなかったのは、何かと事情があるからに違いない。
 紅魔館の玄関には大きな、カーペットの敷かれた階段があった。
 左右に扉がある。別の部屋か廊下に繋がっているのだろう。
 十六夜さんについていき、右の扉を潜った先にある廊下へ。
 その先にすぐ見えた左の扉は応接室になっている、と説明してもらってそこへ入る様誘われた。
 中に入るとイスとテーブルが見えた。どうぞといわれるがままイスへ座った。
「バカじゃないの」
「え?」
「なんで来たの?」
「それは、あのとき助けて頂いたお礼を……」
「いらないって言ったの、聞こえてなかったの?」
「そういうわけにはいかないですよ! 本当に、助けて頂いてありがとうございました!」
 イスから立ち上がり、頭を下げた。辞めて、と言われて顔を上げる。
「私はただあそこを通りたかっただけなのよ。あなたを助けるつもりなんて、これっぽっちもなかった」
「で、でも結果的には助けてもらいました!」
「はいはい、どう致しまして。じゃあ帰っていいわよ」
「あ、あの」
「まだ何か?」
「いえ……」
 気のせいか、私は彼女に冷たくされている気がしてきた。
 何か気に障ることでもしてしまったのだろうか。自分は嫌われているのでは、とさえ思えてきた。
 もっとこの人とお話したいのに、私はこの人に拒絶されている気がしてきたのだ。
 彼女の顔は笑っていなかった。無表情。私のことなんかどうでもいい、という顔。
「私、帰ります」
「そう。お気をつけて」
 彼女がすっと立ち上がって、素早くドアのところへ移動してドアを開けた。
 今すぐにでも帰って欲しいと言われているみたいで、胸が痛んだ。
 私は泣きそうになるのをぐっと堪え、十六夜さんに別れを告げて守矢神社へ帰った。

「ただいま……」
「お帰り早苗。あれ、元気ないね?」
「いえ……」
 私を出迎えてくださった諏訪子様が私を心配してくださった。
 いけない、この方たちに心配させるわけにはいかない。
「なんでもないですよ。今日はちゃんと会ってくださったし、お礼も言えました」
「本当にかい?」
 神奈子様の声。この肩には隠し事が出来ないようだ。私の意中を察したのかもしれない。
「だから悪魔の下僕やってる人間なんて信用できないのよ」
「……っ! 十六夜さんはそんな人じゃありません!」
 私はその場から走り出し、神社の裏でうずくまった。
 絶対に違う。あの人は悪い人じゃない。何かあったんだ。だから私を見てくれないのだ。
 だけどこれから先どうしていいかわからない。私はもうあそこに行かない方が良いのだろうか。



   【咲夜】 一

 私はある女性が気になった。
 本当に通りかかり、邪魔だと思ったから妖怪共を散らしてやっただけ。
 それだけなのに、そのときたまたま襲われていた知らない巫女が私をありがたがった。
 おまけに改めてお礼をしたいと言われる。いらないと言っているのに、紅魔館にまでついてきやがった。
 美鈴に言って何度も追い払ってもらったというのに、それでも居ようとしやがった。
 健気にも私に会いたい、と言って。
 私としては彼女にこれっぽっちも興味など無いのだが、必死さ、純粋なところが気に入った。
 結局折れた私は彼女を招き入れた。
 だが冷たい態度を装ってしまい、私は彼女を傷つけてしまったのかもしれない。
 いや、これで良い。私は他人を信じない。人間なんて信じられる奴らじゃない。
 昔の私を知らない、というかここ幻想郷だからこそ私を毛嫌いしない人は殆ど居ないから良いものの、外の人間と聞くと信用できるはずがない。
 彼女に罪があるわけじゃない。そうはわかっていても、変に仲良くしようとするのはお断りだ。

 だが今日のことをお嬢様に察知されたらしく、お嬢様が「新しい神社に行って言い過ぎたと言いに行けば?」と仰るのだ。
 どうやらお嬢様は彼女、東風谷早苗が何者かすでにご存知な様子。
 悪魔の狗が神の巫女と仲良くしようというのは不都合でも起きそうな気がする、と反論してみたが主人命令と言われればそうせざるをえない。
 どうもお嬢様は私と東風谷早苗をくっつけてみたいと考えておられる気がするのだ。
 おそらくお嬢様本人は良い暇つぶしになる、と思っておられるのだろう。私にとっては迷惑でしかないというのに。
 まあ行くだけ行って、仲良くしましょ、とか言われたら顔色変えてバッサリ捨ててやれば良いだけのことだ。
 少しだけ友達の振りでもしてやれば向こうも満足するだろう。

   ※ ※ ※

 次の日。お嬢様に言われて守矢神社を目指す。
 神に逆らう悪魔を信仰しているようなものの私が神社に踏み入れようと言うのだ、いつでもナイフを抜く準備は出来ている。
 博麗神社とは違って神がきちんとおわすわけだから、いつもとはわけが違う。
 鳥居が見えてきた。色が落ちて完全に変色してしまった博麗神社の鳥居とは違って、よく手入れされている。
 境内も境内で掃除が行き届いているらしく、殆どゴミや落ち葉が落ちていない。
 普段掃除には神経を使っている私から見ても、きちんとやっていることが伺える。
 おそらくあの巫女が掃除しているのだろう。彼女の掃除している姿が浮かんできた。
 ふと、背後で何者かの気配がした。かと思えば肩に手を置かれた。
「あんたは十六夜咲夜だね?」
 振り向けば背の高い女性が立っていた。どこか、神々しさを感じる。おそらく例の神だろう。
 手の力を抜いた。いつでもナイフを抜けるよう、心だけ構える。
「私はここの神様やってる、八坂神奈子だ。先日はうちの早苗がお世話になったね」
 殺意は感じられなかった。おまけに笑顔まで向けられる始末。
「確かにあんたは悪魔の部下だけど、早苗の命の恩人であることには変わらない。今だけはあんたに感謝したい」
「そう。どう致しまして」
「それで、今日はどうしたんだい?」
「……昨日、彼女に言い過ぎてしまって」
「ああ、あいつちょっと落ち込んでたよ。そういうことだったんだね」
「……」
「上がりな。家の方に居るよ」
 神奈子に促され、彼女のところへ案内された。この襖の先に早苗がいるよと言うと、神奈子はどこかへ行った。
「東風谷さん」
 声をかけてみた。何か慌ててるような音が聞こえて、襖が開け放たれた。
「十六夜さん!」
「こんにちは」
「こ、こんにちは……」
「入っても?」
「ど、どうぞ!」
 彼女の表情は綻んでいた。見る見るうちに彼女の目が輝いてゆき、私を待っていたと言わんばかりに喜んでいる。
「ちょっと待ってください、お茶淹れてきます!」
 そう言って慌てて出て行った。彼女の部屋を見渡してみる。見たこともない本が本棚に並んでいた。
 部屋の隅には外の世界のお菓子と思われるものもあった。
 あまり漁るのはさすがに悪いと思って、暫くぼーっとするだけにした。
 そのうちお茶が入ったらしく、彼女が入ってくると里で売っているまんじゅうのついたお茶を出してくれた。
 今はまだ幻想郷のお金があまりなくて困っているらしいのだが、信仰の賜物で譲ってもらったらしい。
 お茶を一口。外の世界から来たお茶はどんな味だろうと期待していたら、里の茶屋で売っているお茶の味だった。
「この前はごめんなさいね」
「え?」
「ちょっと言い過ぎたかもって」
「いえ……良いんですよ! 十六夜さんもきっと何かあったんですよね!」
「え?」
「十六夜さんは悪い人じゃないですもん」
「……」
 彼女の顔には満面の笑み。一体どうしてここまで私のことを気に入っているのか。不思議でならない。
 私としてはさっさと切り上げて帰ってしまいたい。こんな人間、どうでも良い。
 だが人間を毛嫌いしている私でも、この子は中々可愛い方ではあると思った。
「あの」
「うん?」
「も、もしも……迷惑じゃなかったら、これからも幻想郷の先輩として、色々教えてもらっても良いですか」 
 正座で俯き、顔を赤くしてお願いされてしまった。先輩として? 勝手に慕われても困る。
 ふと、彼女が美鈴に殴る蹴るをされても私のところへと来ようとしていたことを思い出した。
 思えばよく彼女は諦めずに来ていたものだ。美鈴は妖怪。打撃の一つ一つで人を殺すことだって出来る威力があるというのに。
 まあ私だって美鈴には「殺して」とまで頼んでいないもの、美鈴がその気になれば殺していた可能性だってある。
 それなのに彼女は私に会いたいと涙ながらに叫んでいた。
 どうしてあなたはそんなにも他人を信じられるのか。
「まあ、別に良いわ」
「本当ですか!」
 ちょっと頭が硬すぎたかもしれない。知人、ぐらいにならなってやっても良いかもしれない。
 そう思うと私はお嬢様に少しは感謝すべきなのだろうか。
「ありがとうございます! これからもよろしくお願いしますね!」
 彼女の笑顔は誰よりも純粋だった。今までの人生で見てきた笑顔では、一番輝いている笑顔に感じた。
 どうして彼女はそこまで綺麗に笑えるのか。一切の曇りがない笑顔を私に向けられるのか。
 私は彼女に気に入られているせいか。
「あの、お茶のお替りいりますか?」
「いえ、いいわ」
「ところでこれ、外のお菓子なんです。チョコレートって言うんですけど、食べてみませんか? きっと美味しいですから!」
 そう言われて部屋の隅にあったものを渡された。小包で、小さいのが二、三個入っている。一つ口へ。甘い。
「ええ、結構いけるわ」
「そうですか! 良かったー」
 なぜだろう。彼女の素直な部分を見ていると癒された気分になる。
 彼女はおそらく、ここの神達に気に入られていると思う。
 絶対可愛がられているに違いない。私が純粋だった頃なら、同意できるだろう。
「あっ!」
「っ!?」
 彼女が手を滑らせたらしく、湯のみを落としていた。私は本能的に時間を止めていた。
 中身が畳に落ちる寸前である。私は空になっている自分の湯のみを下に置いた。
 宙に浮いた方の湯のみは落ちない様しっかりと掴んで、時間停止を解除。
「っ! あ、あれ?」
 中身は畳に零れることなく、下に置いた湯のみに入って行った。
「え……一体何が」
「時間停止。私が時間を止めて湯のみを置いて、零れてしまわないようにしたの」
「あ……ああ」
 しまったな。つい危ないと思ってやってしまった。
 きっともう私は東風谷さんに嫌われるだろう。
 「ふ、ふーん……」等と取り繕うような表情で私の能力を怖がるに違いない。
「すごいですね!」
「ええ。って、え?」
「そんなことが出来るなんて、素敵なことじゃないですか!」
「本気で言っているの?」
「私が時間を止められるのなら、今みたいにもっと人の助けになれるのに」
 彼女は私に憧れの視線を送ってきた。おかしい。昔の私はこうやって気持ち悪がられたというのに。
 挙句、もう一度時間止めてみてくださいよ、と何度も頼まれる始末。
 こっちが時間を止めたところで向こうはわからないというのに。

「あの、今夜うちでご飯食べていかれますか?」
「え?」
 外はもう暗くなっていた。
「いえ、そろそろ帰りますわ」
「そ、そうですか。わかりました」
 少し残念そうにも見えた。だが私も長居はできない。紅魔館でやるべき仕事は残っているから。
「あの!」
「うん?」
「また、紅魔館の方へ遊びに行っても良いですか?」
「ええ、構わないわよ」
 彼女の素直なところに惹かれていた私は、彼女に負けない笑顔で返してみせた。
 彼女も笑った。笑ってくれた。霊夢や魔理沙と違って外から来た人間なのに、私の笑顔で笑ってくれた。

 帰宅。紅魔館に戻ったときには美鈴が丁度門を閉めようとしているときだった。
「あら、おかえり」
「ええ、ただいま」
「あの人間はどうでした?」
「別に」
「なんか、嬉しそうね」
「そう?」
「ふふっ」
 美鈴に変な顔をされた。何だというのだ。私のどこに嬉しそうな部分があるというのだ。
 私はいたって普通にしているというのに。
 お嬢様のお部屋へ。ノックして許可を頂き、中に入った。お嬢様は笑っておいでだった。
「どうやらあの新しい巫女とは上手く行ってるみたいだねぇ」
「そうなんでしょうか」
「でも、まんざらじゃなかったんでしょう?」
「ええ……まあ」
「それならいいじゃない。引き続き相手してあげなさいよ」
「わかりました」
 自分でも不思議に感じるほど私の気は変わっていた。今の私なら挨拶されたら挨拶を返してやるぐらいできるだろう。
 彼女は確かに外の人間だ。私の嫌いな外の人間だ。
 でも彼女は違っていた。私の能力を毛嫌いしなかった。
 霊夢や魔理沙だって、同じく私の能力を見ても毛嫌いしなかったが彼女の場合は少し違う。
 だから余計に不思議である。もしかすると彼女はここ幻想郷に辿り着くべき人間だったのかもしれない。
 それなら私の能力を快く思わない、ということがないことに納得がいく。
 彼女に私の昔のことを話してみたらどうなるだろうか。
 周りから、友達、知り合いから、親戚から疎まれ、彷徨って居た頃の私の話。
 彼女にはおそらくそういったものが無いのだろうな。
 あの屈託のない笑顔を考えれば、何の不自由なく暮らしてきたに違いない。

   ※ ※ ※

 数日後。早苗、いやいや東風谷さんがまた紅魔館へやってきた。
 なんと驚いたことに今度は美鈴を倒して入ってきたのだ。
 私が玄関の掃除をしているとドアが開けられ、満身創痍となった美鈴が東風谷さんを招き入れてきたのだった。
「こんにちは、さく……十六夜さん」
「あら、こんにちは」
「す、すみまぜん咲夜さん。この巫女に負けちゃって……ゲホゲホ」
「め、美鈴は自室で休んでなさい。東風谷さんはまあ、私の部屋においで」
「はい。お邪魔します」
 美鈴は頼りない足取りで奥の方へと消えて行った。
 この前なんかボコボコにする側だったというのに、何時の間にそんな成長していたのか。
 うかうかしていると私も抜かれるのかもしれない。油断できない子。
「聞いてくださいよ! この前絡まれた四人組みの妖怪とか色々混ざったの! 何とか一人で倒せたんですよ!」
「へぇ?」
「さっきは紅さん倒せましたし、私も妖怪退治の仕事とか出来ますかね?」
「まああなたも巫女だし、出来るかもしれないわね」
「それなら人間の皆さんを少しでも助けるお手伝いが出来るのですが……」
 なるほど。早苗という人がどういう者なのか今気付けたかもしれない。
 彼女は常に誰かのためになろうとしているのかもしれない。
 奉仕的な態度、純粋な目、素直な性格。
 あまりにも綺麗すぎる人間で、逆にドス黒いものを抱えてるのではと怪しんでしまうほどよく出来た人間だな、と思う。
 丁度話してみようと思ったところだ。時を止めて台所へ行き、台所の時間だけを動かしてお茶を淹れてまた部屋に戻ってきて時間停止解除。
「あ、良い香り」
「ほら、お茶」
「え? もう淹れたんですか? いくらなんでも速すぎませんか!」
「時間を色々弄って淹れたからね」
「そんなことも出来るんですか……十六夜さんってすごいなあ!」
 時間を弄って淹れたお茶を美味しそうに、行儀良く頂いてくれる東風谷さん。
 暫く静かな時間が続く。どうやら彼女はこれといって話しに来たわけでもなく、ただ私に会いにきただけらしい。
 まあいい。それならそれで、私の話を聞かせてあげよう。
「東風谷さん」
「はい?」
「人間嫌いになった人間の話、聞いてみたい?」
「……お願いします」
 東風谷さんが少し真面目な顔になった。はぐらかしてみたが、身の上話だとバレただろうか。
 でも彼女は聞いてみたいと言ってくれた。

 私は日本に生まれたわけではない。まして幻想郷に元から居たわけでもない。
 日本から見て、ずっと西へ行ったところに私は住んでいた。
 都市部のある家に生まれ、両親と兄と私の四人家族。
 父は刃物職人であり、母は農家生まれ。兄は学校で化学を専攻していた。
 父は酒呑みでしばしば荒れることもあったが、普段は温厚で優しい父だった。
 母はよく不機嫌そうな表情を見せたりするのだが、私が何か困っていると何も言っていないのにかけつけてくれる人だった。
 兄は私をいじめることもあったが、いつも頼りになった。両親には内緒で、一緒にお菓子の買い食いをしていた気がする。
 私が十歳にもならないときのことだっただろうか。
 母と街を歩いていると、母の頭上に物が落ちてきたことがあった。確か建築現場の近くを歩いていた。
 とにかく、誰かがミスをして物を落したのだ。そのとき危ないと思った私は無我夢中で母を助けたいと思った。
 するとどうだろう、周りが止まって自分だけが動ける状態になったのだ。
 そうして母の体を動かした後「元に戻って」と願うと周りも動いた。母は助かった。私が助けたのだ。
 私が直後母に「周りだけ止まって、私だけ動けた」みたいなことを言った気がする。母は私の言葉を信じなかった。
 それから私はその能力を悪用してお菓子屋のお菓子を盗んだりした。
 そんなある日。母が私のことを誰かに話し、その話がそのお菓子屋の主人に伝わっていったのか、私が犯人だと気付かれてしまった。
 お菓子屋の主人の通報で駆けつけてきた警察官らは私の噂を知っていた。
 その後父と母の付き添いありで、私は警察の人らに色々と話を訊かれることになった。
 実はこのの時期、街では金や貴重品が盗まれる窃盗事件が相次いでいた。
 そう、警察はそういった事件までも私の仕業なのではないか、と疑ってきたのだ。
 お菓子の件は私が認めたということで父と母が弁償し、私はこっぴどく叱られることとなった。
 だが両親は他の窃盗事件は知らない、うちの子がそこまでするはずはないとし、していないと訴えてくれた。
 それから先は人生のドン底一直線。学校の皆からはいじめられるばかり。
 友達の中にはそれでも一緒に居てくれる子も居たが、その子が「親から君とは遊んじゃ行けないって言われたから……」と友達の親の事情が絡んできて結局全ての友達から避けられる羽目になった。
 親戚中から「お前は最悪の子だ」「悪魔の申し子」等と言われる始末。
 このときから私は一人で遊ぶようになり、父にもらったナイフで遊ぶことを覚えていた。そう、ナイフ投げだ。
 父は仕事が出来ないようになっていた。依頼が来なくなってしまったのだ。私の風評被害を受けたせいだ。
 でも父は私のことを悪いとは言わなかった。母も。兄も。
 ある日父は警察に連れて行かれてしまった。「被害者を匿っている」という罪だと言われた。
 程なくして母まで連れて行かれてしまい、その際私と兄も一緒に連れていかれそうになった。
 だが母が私と兄を逃がしてくれた。それから両親とは一度も会えないこととなった。
 兄と一緒に逃げ延びる人生が始まったのだが、兄は人攫いに攫われてしまった。
 私と兄が暗く、狭い通りの路上で寝ている間を襲われたのだ。気付いたときには私と兄は離れ離れ。
 私は時間を止めたり、ナイフを使って暴漢共を静かに出来たので人攫いから逃げられたが、行方知らずとなった兄を救うことは出来なかった。
 それからのことは詳しく覚えていない。
 飢えをしのぐための金欲しさに、世間を脅かす魔物や吸血鬼を倒す仕事というものを始めたような気がする。そうじゃなかった気もする。
 そういう仕事をしたとしても、結局私にはどこにも居場所なんてないと思っていたから彷徨い続けるしかなかった。
 とにかく、このときから私は他人を一切信じないことにした。唯一信じられる家族が居なくなったのだから。
 この世界に信じられる者なんて、一人も居なくなった。
 当てもなく放浪し続け、やがて辿り着いたのが紅魔館であった。
 あの頃から門番をやっていた美鈴を見て襲い掛かったのは私の方。確か彼女を瀕死にまで追い込んだ記憶がある。
 あと、確かあの頃の美鈴は今よりずっと髪が短かった気がする。
 なぜ襲い掛かったのかは覚えていなかった。ただ視界に映ったから、という向こうにとって理不尽な理由だったかもしれない。
 結局負けたのは私。ナイフ一本では妖怪の体力を奪いきれなかった、というところだろう。
 偶然にも私と美鈴の闘いがお嬢様の目に留まったらしく、私は自分の能力をお嬢様に買われることとなった。
 そしてお嬢様と先代メイド長の教育により、私は十六夜咲夜という新しい名前を頂戴して生まれ変わった。
 程なくして狼男や妖精、魔物、悪魔等の姿が消えて行った。そう、幻想入りである。
 大衆が神秘的なものを信じなくなり、科学を信じていく時代に移りつつあるのだった。
 その流れに乗ってしまっては今の自分達の存在も危ういということで、お嬢様の親友にして魔法使いのパチュリー様の協力でお嬢様がここ幻想郷へ館ごと移されたのだ。
 私が幻想郷に来たのは、こういった生い立ちであったから。

 話終えたら少し疲れたので花を摘みに、と行って部屋を出て行った。
 話を聞いてくれた彼女は話の途中で泣き出したりした。
 トイレの窓から見えた外は真っ暗。思ったより時間が経っていたらしい。
 用を済ませて部屋に戻っても早苗は泣いていた。
「話、聞いてくれてありがとうね。もう暗いから、今日は解散にしましょう」
「ぐすん……はい」
 返り際に「もう大丈夫なんですよね?」と訊かれた。
 過去は振り切りましたわ、と笑顔で答えてあげると彼女の顔に少しだけ笑顔が戻った。
 今まで私の身の上話を聞かせて暗い顔をする者ばかりだったが、泣いてくれた人は居なかった。
 うんうん、と頷くときもあった。彼女は言わなかったが、もしかすると彼女にも暗い過去があるのかもしれない。
 だから頷いてくれたのかもしれない。
「もう一度言っておくけど、こっちはもう大丈夫だからね。帰り道、気をつけなさいよ」
「はい」
 そう返してきた彼女の声は弱かった。
 他人にこの話をするのは本当に久しぶりだった。もう何十年と話していない気がするぐらいだ。
 彼女は私のこの話を聞いてどう感じたのか。
 お嬢様が私を呼んでおいでだ。そろそろ仕事に戻らなければ。十六夜咲夜として、この紅魔館のメイド長として。



   【早苗】 二

 あの人にそんな暗い過去があるだなんて、思ってもみなかった。
 今の人あの人は過去は振り切ったと言ったが、他人を信じようとしないというところは残っているのだろうなとわかった。
 あの人は始めて会った頃から私のことを見ようとしなかった。最近はそうでもなくなってきたが。
 それは彼女が私を認めてくれたからだろう。だから昔の話まで聞かせてくれた。
 神社に帰り、神奈子様と諏訪子様のためにお風呂の用意をした。
 私だって苦しんだことがある。他人から蔑まれたことだってある。
 だから十六夜さんの話を聞いて、私はつい昔の自分を重ねてしまった。
 あの人は荒んだ後、悪魔に拾われた。私は荒んだ後、神様に拾って頂けた。
 あの人は他人を信じないと言った。あの人は人間以外、悪魔を信じることにしたのだろう。
 神奈子様に呼ばれた。お風呂が空いたそうだ。
 私の昔話も十六夜さんに聞いてもらうべきだろう。
「早苗?」
 神奈子様がじっと私の目を見つめられた。
「なんかあったのかい?」
 心配させてしまうような目でもしているのだろうか。
「いえ、別に」
「それならいいけど」
 十六夜さんにはこうやって心配してくれる者がいるのだろうか。私が心配してしまっても、良いのだろうか。
 夕食。別にいつも通りご飯を一杯頂いたが、どうも神奈子様も諏訪子様も私のことをチラチラ見てくる。
「どうかされましたか?」
「あのメイドとはどうなんだい?」
 神奈子様がお酒を呑みながら尋ねられた。
「最近私のことを認めてくれたみたいで、ちょっと嬉しいです」
「ほう? あんた、この前目も合わせてくれないって言ってたじゃないか」
「あの人が私のことをわかってくれたんですよきっと!」
「全く、どうして悪魔の館のメイドになんか惚れちまったんだろうねえ、この子は」
「良いじゃない、神奈子。こっちの世界に来てそういうのがあるのは、別に悪いことじゃないと思うし」
 ご馳走様をし、食器洗いとお方付け。二柱は今夜も妖怪との話し合いがあるとのことで、出て行かれた。
 ごめんなさい神奈子様、諏訪子様。早苗はちょっと不良になります。

 守矢神社を抜け出し、もう一度紅魔館へ。館内には明かりがついていた。
 ドアを叩けば誰か出てくるだろう。妖精のメイドさんとか。
 と、ドアをノックしようと手を出したとき後ろから声をかけられた。
「東風谷さん」
 十六夜さんの声だった。振り向く。夜に見る彼女も綺麗だった。
「こんばんわ」
「こんばんわ。こんな時間に一体どうしたのよ」
「あの、私の話聞いてもらっても良いですか?」
「……私の部屋まで来て」
 気がついたときには十六夜さんの部屋に居た。おそらく時間を止めて私を運んでくれたのだろう。
 イスに座り、テーブルを挟んでお互い向き合った形になる。
「妖精メイドに見られて騒がれるのは面倒だからね。で、何なの?」
「私のことをもっと知ってもらおうと思って来ました」
「へえ?」
 十六夜さんが興味を持ってくれたようだ。私は時間を止めて淹れたであろうお茶を一口頂き、話し始めた。

 私は一人っ子として生まれた。十六夜さんとは違って、私は日本生まれ。
 両親は守矢神社を経営していた。親戚は少なかった。学校では頻繁にいじめられていた。
 十六夜さんとはちょっと違って生まれたときから不思議なことを起こせる力を持っていたから、そのせいだろう。
 おもしろがってくっついてくる人も居たが、私の力を悪用しようよと誘ってくる者ばかりだった。
 でも私はこの力は悪いことに使ってはいけない、人を助けるためにあるんだと両親に教えられてきたからそんなことは出来なかった。
 小さい頃から神奈子様とはよく居ていた。私も、両親も神奈子様が見えていたし、当然ながら触れることだって出来てた。
 ただ他の人は信仰が薄いせいらしく、うちの家族にしか神奈子様の姿が見えていなかった。
 何度か友達が出来て、神社に連れて来たことがあったがいずれも最終的には気持ち悪がられて、友達に避けられることで終わった。
 神社と古い付き合いをしている花屋さんや近所の商店街で働いている人達は私を可愛がってはくれたが、同年代の友達は一人も居なかった。
 また、神社の巫女をしていた母が私に一子相伝の術を全て伝えきると、母は父と共に田舎へ帰ってしまったのだ。
 ここでいう田舎というのは、守矢神社関係者が集まる集落のことである。
 守矢神社の巫女は一子相伝の術を代々受け継いでいく。母も然り、祖母も然り。
 術が外部に漏れたりしないよう、子に術を伝えたら両親は集落で残りの人生を過ごす決まりなのだ。
 十歳にも満たない女児一人で神社を任せられたところで、苦しい毎日になるのは当たり前だった。
 一応両親とは手紙でのみやり取りできるのだが、困ったことが起きても一人で解決しなければいけなかった。
 そしてそのうち神社の信仰は薄れていった。信仰してくれていた近所のおじさん、おばさんが次々と亡くなっていったからだ。
 老衰、病気。殆どの死因がどうしようもないものばかりだったと思う。
 参拝客は日に日に減っていき、月に一度のお祭りを見に来る人は居なくなっていった。
 神奈子様が弱っていくのも目に見えてわかる程だった。
 やがて消えてしまうのを恐れた神奈子様が神社ごとここ幻想郷へ移そうと仰り、私はついて行きますと一緒に居させていただくことにした。

 私だって他人から蔑まれ、虐められたことがあった。だから十六夜さんが他人を毛嫌いするのはわかる。
 見た目は同じだというのに、ちょっと変わったことが出来るというだけで避けられた。
 この話を人に聞かせたのは十六夜さんが初めてだ。だって、聞いてもらう相手なんて居なかったから。
 十六夜さんは真顔で聞いてくれた。話していて泣きそうになったら、私の手を握ってくれた。
「あの」
「どうしたの? 何でも言ってごらん」
「今夜、一緒に居てもらって良いですか」
「ええ」
 ごめんなさい、神奈子様、諏訪子様。早苗はもっと不良になります。
 十六夜さんが主人に呼ばれたとのことで、部屋を出て行った。すぐ戻るから、と後付して。
 部屋に明かりはなく、窓から月明かりが差し込んでくるだけで部屋の中は暗い。
 十六夜さんは他人を信じなくなり、悪魔を信じるようになった。
 私はそれでも他人を信じ、かつ神様を信じていている。
 違う部分もあるが、似ている部分もあると思う私とあの人。
 あの人は蔑まされた。私も蔑まされた。あの人はそれで荒れた。私は荒れなかった。
 私は人間達を助けたい。それは彼女だって含んでいる。
 あの人が苦しんでいたら助けになってあげたい。
 あの人が泣いていたらもう一度笑えるようにしてあげたい。
 あの人がこの世の全てを信じようとしなくなっても、私だけは信じてもらえるような人になりたい。

後編へ続く


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